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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)28号 判決

上告人・附帯被上告人

特許庁長官

川原能雄

右指定代理人

渡邊剛男

外六名

右補助参加人

佐野車輛工業株式会社

右代表者

佐野正幸

右補助参加人

株式会社山沢製作所

右代表者

山沢喜一部

右補助参加人

株式会社関口フレーム製作所

右代表者

関口久満次

右補助参加人

株式会社野沢製作所

右代表者

野沢正雄

右補加参加人

トーハタ株式会社

右代表者

石榑史郎

右五名訴訟代理人

吉原省三

外二名

右補助参加人

株式会社共栄社

右代表者

林嘉一

右訴訟代理人弁理士

牧哲郎

被上告人・附帯上告人

山中栄一

右訴訟代理人

村林隆一

外三名

主文

本件上告に基づき原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人仙田富士夫、同小山隆夫、同松家健一、同内山正雄、同桜井常洋、同伊藤誠吉の上告理由について

被上告人は、昭和四五年九月一四日特許庁に対し登録第七三一九七一号実用新案の権利者として右実用新案の願書に添付した明細書(以下「本件原明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲欄の記載を原判決別紙目録(7)及び(8)のように訂正するとともに、考案の詳細な説明欄の記載を右(7)の訂正に伴い同目録(2)ないし(6)のように、また、右(8)の訂正に伴い同目録(1)のようにそれぞれ訂正することについての審判(以下「本件訂正審判」という。)を請求したところ、特許庁においてこれを同庁同年審判第九四〇三号事件として審理し、昭和四八年八月二三日請求が成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をしたので、上告人を相手取り原審裁判所に本件審決の取消を求める本件訴を提起した。

これに対し、原審は、本件原明細書の記載を原判決別紙目録(1)及び(8)のように訂正することは実質上登録請求の範囲を変更するものであるから、本件審決がこれを許すべきではないとしたのは正当であるが、同目録(2)ないし(7)のように訂正することは、登録請求の範囲の減縮をするものであつて実質上登録請求の範囲を変更するものではないから、これを不適法とすべき事由がないうえ、右のように訂正することはその余の同目録(1)及び(8)のように訂正することと実質上一体不可分の関係になく、それのみでは実用新案権者である被上告人にとつて本件訂正審判の請求をした目的を達することができないということもできないから、本件原明細書の記載を右目録(2)ないし(7)のように訂正することまで許すべきではないとしたのは違法であるとして、本件審決中同目録(2)ないし(7)の訂正に関する部分を取り消し、被上告人のその余の請求を棄却する旨の判決をした。

ところで、実用新案登録を受けることができる考案は、一個のまとまつた技術思想であつて、実用新案法三九条の規定に基づき実用新案権者が請求人となつてする訂正審判の請求は、実用新案登録出願の願書に添付した明細書又は図面(以下「原明細書等」という。)の記載を訂正審判請求書添付の訂正した明細書又は図面(以下「訂正明細書等」という。)の記載のとおりに訂正することについての審判を求めるものにほかならないから、右訂正が誤記の訂正のような形式的なものであるときは事の性質上別として、本件のように実用新案登録請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであるときは、訂正明細書等が記載がたまたま原明細書等の記載を複数箇所にわたつて訂正するものであるとしても、これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべく、これを形式的にみて請求人において右複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した複数の訂正事項として訂正審判の請求をしているものであると解するのは相当でない。それ故、このような訂正審判の請求に対しては、請求人において訂正審判請求書の補正をしたうえ右複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは格別、これがされていない限り、複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をすることができるだけであり、たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係にはないと認められ、かつ、右の一部の訂正を許すことが請求人にとつて実益のないことではないときであつても、その箇所についてのみ訂正を許す審決をすることはできないと解するのが相当である。

そうすると、本件原明細書の記載を原判決別紙目録(1)ないし(8)のように訂正することを求めるだけで、これと別に同目録(2)ないし(7)のように訂正することを求めていないことが記録上明らかな被上告人の本件訂正審判の請求につき、同目録(2)ないし(7)のように訂正することを許す審決をすることができるとの、上記判示と異なる見解のもとに、同目録(1)及び(8)のように訂正することを許さないとしたのは適法であるが、同目録(2)ないし(7)のように訂正することを許さないとしたのは違法であるとして本件審決中同目録(2)ないし(7)の訂正に関する部分を取り消し、被上告人のその余の請求を棄却すべきものとした原判決は、実用新案法三九条及び同法四七条二項において準用する特許法一八一条一項の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、論旨は理由があり、被上告人の本訴請求は一個不可分であつて一部判決をすることができないものであるから、原判決は結局その全部の破棄を免れない(上告人の本件上告もその趣旨で原判決全部の破棄を求めているものと解される。)。そして、本件は、本件原明細書の記載を原判決別紙目録(1)ないし(8)のとおりに訂正することが許されるか否かについてなお審理を尽くす必要があるので、これを原審に差し戻すのが相当である。

(なお、本件附帯上告は、原判決全部の破棄を求める上告人の上告が理由がないものとして棄却されることを前提として申し立てられたものと解されるところ、右上告は理由があり、原判決を全部破棄し、本件を原審に差し戻すべきものとすること前記のとおりである以上、本件附帯上告に対し裁判をする要はない。)

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 戸田弘 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人仙田富士夫、同小山隆夫、同松家健一、同内山正雄、同桜井常洋、同伊藤誠吾の上告理由

原判決には、実用新案法三九条所定の訂正審判手続における審決の対象に関し同法(その準用する特許法を含む。)の解釈を誤つた違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原判決は、実用新案法三九条の規定による明細書又は図面の訂正審判手続において、請求人が一個の訂正審判請求により複数個の事項につき訂正を求めている場合には、原則として個々の事項ごとに訂正の適否を判断してこれに対応する趣旨の審決をすべきものと解するのが相当であるところ、本件原明細書について被上告人が訂正を求めた原判決別紙目録記載の各事項のうち、(1)及び(8)については訂正を不適法とする事由があるが(2)ないし(7)については右のような事由はなく、単に訂正を求める一部の事項について訂正を不適法とする事由があるというだけで、直ちに審判請求全体を成立しないものとして排斥すべき法律上の根拠はないとして、本件審決は原判決別紙目録記載(2)ないし(7)の訂正を許さなかつた限度において違法であり、右の限度で本件審決の一部を取り消すべきものとした。

二、しかしながら、実用新案法三九条の規定による訂正審判(以下「訂正審判」という。)の請求は、後に述べるように、実質的には一種の新規出願にほかならず(このことは、現行特許法一二六条の改正の沿革からも明らかなところである。)、当該請求に係る請求書の記載内容全体をもつて一個の請求をなすものと解すべきであり、目的とする事項ごとあるいは訂正の箇所ごとに一個の請求を構成するものと解する余地はないのであるから、一個の請求書をもつてなされた一個の訂正審判の請求については、これに記載されている目的とする事項ごとあるいは訂正の箇所ごとにその当否を判断し、これに対応する趣旨の審決をすべきものではない。したがつて、請求書添付に係る訂正した明細書又は図面(以下「訂正明細書」という。)に一箇所でも訂正を不適法とする事由のある箇所があれば、当該訂正審判の請求書をもつてなされた審判請求全体が成立しないものとして排斥されなければならないものと解すべきである、

以下、その理由について詳述することとする。

三、訂正審判は、講学上いわゆる認可の性質を有する行政処分であり、次に述べるとおり、この審判における審理の対象は請求人が請求書に添付した訂正明細書のみによつて定まるものであつて、審判官(合議体をいう。以下同じ。)はただこの訂正明細書全体について原明細書を訂正明細書のとおり訂正することの適否を審理判断するのであり、訂正明細書の記載に更に手を加えこれを修正して審決する権限を有してはいない。

1 すなわち、実用新案法三九条は、訂正審判請求の要件について、

「実用新案権者は、次に掲げる事項を目的とする場合に限り、願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。

一 実用新案登録請求の範囲の減縮

二 誤記の訂正

三 明瞭でない記載の釈明

前項の明細書又は図面の訂正は、実質上実用新案登録請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。

第一項第一号の場合は、訂正後における実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案が実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けるものでなければならない」

と規定しているが、訂正審判の請求をするには、請求書に訂正した明細書又は図面を添付しなければならない(実用新案法四一条の準用する特許法一三一条三項)ものとされている。

そして、実用新案法四一条の準用する特許法一六四条は、訂正審判の審理について、

「審判長は、第一二六条第一項の審判の請求が同項各号に掲げる事項を目的とせず、又は同条第二項若しくは第三項の規定に適合しないときは、請求人にその理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。

審判官は、第一二六条第一項の審判の請求が同項各号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第二項及び第三項の規定に適合するときは、請求公告をすべき旨の決定をしなければならない。」

と、

実用新案法四一条の準用する特許法一六五条は、

「第五一条第二項から第四項まで、第五五条から第五八条まで及び第六〇条から第六二条までの規定は、請求公告をすべき旨の決定があつた場合に準用する。この場合において、第五七条中「審査官」とあるのは、「審判長」と読み替えるものとする。

前項において準用する第五五条第一項の申立があつたときは、第一二六条第一項の審判の審判官が審判により決定をする。」

とそれぞれ規定し、訂正明細書の補正について、実用新案法五五条二項の準用する特許法一七条一項は、

「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。ただし、(中略)請求公告をすべき旨の決定の騰本の送達があつた後は、次条、第一七条の三及び第六四条(第一五九条第二項及び第三項(第一七四条第一項において準用する場合を含む。)並びに第一六一条の三第二項及び第三項において準用する場合を含む。)の規定より補正することができる場合を除き、その補正をすることができない。」

と規定している。

また、実用新案法四一条の準用する特許法一二八条は、

「願書に添附した明細書又は図面の訂正をすべき旨の審決が確定したときは、その訂正後における明細書又は図面により特許出願、出願公告、出願公開、特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみなす。」

と規定している。

2 以上の諸規定によれば、訂正審判においては、請求人が請求書に添付した訂正明細書について、法三九条各項の要件を満たし訂正が認められるかどうか、特に同条二項及び三項の規定に適合しているかどうかの点については、実用新案登録請求の範囲を一体としては握した上、考案の詳細な説明の記載をも勘案して審理判断するものであること、訂正審判の手続は、訂正拒絶理由通知、請求公告及び訂正異議の申立ての如く、出願に関する審査手続に準じた手続であること、及び訂正審判の請求人は、請求公告をすべき旨の決定の謄本の送達を受けるまでは、請求書の要旨を変更しない限り手続の補正をすることができるが、審判官が職権で補正することはできないことがそれぞれ明らかである。

3 訂正審判において請求書に訂正明細書を添付することとしているのは、後記のとおり、実用新案法が、訂正審判の請求は、願書に添付した明細書又は図面すなわち原明細書を訂正明細書に置き換えたいという請求人の一個の請求とし、訂正明細書を全体として一体不可分のものと見ているのであつて、これを複数個の事項の訂正の集まりとはしていない(そもそも明細書及び図面は、これによつて一個の考案を表現するための文書であつて、たとえ誤記の訂正、明りようでない記載の釈明といつたものであつても、原明細書と訂正明細書とについてそれぞれを一体不可分のものとしては握し、その両者を対比することによつて始めて訂正の当否を判断することができるのである。)。

4 そこで実用新案法が明細書及び図面を一個の考案を表現する文書であつてこれを全体として一体不可分のものとしては握し判断しなければならないものとしている点について詳述する。

(一) 実用新案法は、産業上利用することができる考案であつて物品の形状、構造又は組合せに係るものをした者は、次に掲げる考案を除き、その考案について実用新案登録を受けることができる(実用新案法三条一項柱書)と規定し、また、この法律で「考案」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう(同法二条一項)と定義している。

次に、実用新案登録出願は、考案ごとにしなければならない(同法六条)と規定し、願書には、明細書及び図面を添付することを必要としている(同法五条二項。)

そして、願書に添付した明細書の考案の詳細な説明には、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その考案の目的、構成及び効果を記載しなければならない(同法五条三項)し、明細書の実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない(同法五条四項本文)。

それゆえ、明細書は、実用新案登録を受けようとする一個の技術的思想の創作が、その目的、構成及び効果によつて記載されているものであるから一個の考案を表現する文書として常にその全体を一体不可分のものとしては握されるのをその本質とするものである。したがつて一つの明細書についてその記載の一部を認め、その他の記載を認めないというようなことのできないのは極めて明らかである。

(二) 更に実用新案法において明細書及び図面を常に一体不可分のものとしていることは、訂正審判に関する次の各規定から見ても明らかである。

(1) 実用新案法三九条二項の規定における訂正明細書が実質上明細書の実用新案登録請求の範囲を拡張するものかどうか、又は変更するものかどうかについての判断は、原明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項によつて構成される考案と訂正明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項によつて構成される考案とを全体的に対比し、更に原明細書の考案の詳細な説明と訂正明細書の考案の詳細な説明とを勘案して、換言すれば、原明細書と訂正明細書とについてそれぞれを全体的に一体不可分のものとして認識した上、これらの記載からそれぞれの技術的思想をは握し、この両技術的思想を相互に対比検討することによつて始めて可能となるのであり、したがつて原判決が判示するように、訂正を求める事項ごとに実用新案登録請求の範囲が実質上拡張されたか、又は変更されたかを判断することは、そもそも不可能であるといわなければならない。

(2) また、実用新案法三九条三項の規定における訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案が実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものかどうかについての判断もまた、訂正明細書の記載全体から一個の考案をは握してこれを実用新案登録出願時の技術水準と対比することによつて始めて可能となるのであるから、原判決が判示するように、訂正を求める事項ごとに、訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案が実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものかどうかについての判断を行うことは不可能であるといわなければならない。

(3) 実用新案法四一条の準用する特許法一二八条の「その訂正後における明細書又は図面」とは、訂正を認められた訂正明細書を指すものであることが文理上明らかであるから、同条からしても実用新案法は訂正明細書を全体的に一体不可分のものと見ていることが窺えるし、同法四一条の準用する特許法一六四条は、訂正審判の請求において訂正を求めた事項が複数個ある場合には、その事項のうちに一個でも特許法一二六条一項各号に掲げる事項を目的とせず、又は同条二項若しくは三項の規定に適合しないものがあるときは、請求人にその理由を通知すること、及び訂正を求めた複数個の事項のすべてが同条一項各号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条二項及び三項の規定に適合するときに請求公告をすべき旨の決定をしなければならない旨を定めているものと見るべきであるから、この規定からも、実用新案法が、訂正明細書を全体的に一体不可分のものとし、たとえ訂正を求める事項が複数個ある場合の訂正審判請求であつても、これを全体として一個の請求としているのであり、原判決のように一個の訂正審判請求における訂正を求める各事項ごとに訂正の適否を判断するものとはしていないことが明らかである。

(4) そればかりでなく、実用新案法が明細書及び図面を全体的に見て一体不可分のものとしていることは、同法の準用する特許法の次の各規定からも明らかであるということができる。

(ア) 実用新案法九条一項、特許法四〇条

実用新案法九条一項の準用する特許法四〇条は、「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があつた後に認められたときは、その特許出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」と規定している。

これは、原明細書が出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に補正されていた場合に、その補正が明細書の要旨を変更するものと特許権の設定の登録があつた後に認められたときは、その出願の時点については、出願全体が一括して繰り下り、その補正についての手続補正書を提出した時に出願されたものとみなす旨法が擬制しているものであつて、その出願についての出願の時点そのものは、願書を提出した時であり、ただ明細書の要旨を変更すると認められた補正個所のみがその補正について手続補正書を提出したときに繰り下がることとなるというわけではないことを示している。このように同法四〇条の規定からも、実用新案法においては、明細書又は図面は一個の考案を表現するためのものとして全体的に一体不可分のものと観念されていることが明らかである。

(イ) 実用新案法九条一項、特許法四二条

実用新案法九条一項の準用する特許法四二条は、「願書に添附した明細書又は図面について出願公告すべき旨の決定の謄本の送達後にした補正が第一七条の三又は第六四条(第一五九条第二項及び第三項(第一七四条第一項において準用する場合を含む。)並びに第一六一条の三第二項及び第三項において準用する場合を含む。)の規定に違反しているものと特許権の設定の登録があつた後に認められたときは、その補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなす。」と規定している。

この規定における「補正」は、実用新案法三九条と同趣旨の要件を必要としているものであるが、この場合の「補正されなかつた実用新案登録出願」の明細書は、すべての補正事項を排除した出願公告時の明細書を意味するとしか解し得ないものである。それは、仮に六四条の規定に違反する補正事項のみが補正されなかつたものとすると、出願公告時の明細書とは異なる六四条の規定に違反しない補正事項のみで補正された明細書という外見上は特定されない明細書(この明細書の内容自体については審査の対象とされていない)について実用新案登録がなされたものとみなすという極めて不当な結果を生ずることになるからである。

(ウ) 実用新案法一三条、特許法五三条一項及び四項

実用新案法一三条の準用する特許法五三条一項は、「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものであるときは、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならない。」と規定し、同条四項本文は、「特許出願人が第一項の規定による却下の決定の謄本の送達があつた日から三〇日以内にその補正後の発明について新たな特許出願をしたときは、その特許出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」と規定しているが、右にいう「その補正後の発明」とは、同条一項にいう出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に提出した手続補正書中のすべての補正事項によつて補正された原明細書の記載からは握することのできる発明を指すことは明らかであるから、実用新案法が明細書を全体的に一体不可分のものと観念していることが窺われるのである。

四、なお、原判決は「訂正を求める複数個の事項が実質上一体不可分の関係にあるため、そのうち一部の事項のみの訂正によつては実用新案権者としてその目的を達しえない等、特段の事情が存する場合には当然、右原則を修正すべきものと解する」と判示しているが、前述のように、訂正審判においては、請求人が請求している明細書又は図面の訂正が実用新案法三九条所定の要件を満たしているかどうかを客観的、画一的に審理及び判断すべきものであつて、原判決がいうような点についての審理及び判断がなされるべきものとはしていないのである。まして請求人が訂正審判を請求している目的又は事情が何であるかを考慮する余地のないことはいうまでもない。

五、以上のことは、実用新案法四一条の準用する特許法一五三条三項の解釈からもこれを裏付けることができる。

1 前述のとおり、原判決は、本件訂正審判の請求を、原判決の別紙目録記載(1)から(8)までの各項ごと、又は同目録記載の(1)及び(8)並びに(2)から(7)までの二つの事項の訂正を求めているものとし、その理由について、「単に訂正を求める一部の事項についてこれを不適法とする事由があるというだけで直ちに審判請求全体を成立しないものとして排斥すべき法律上の根拠はない。」と判示している。

2 しかしながら、そもそも訂正審判の請求に対する審決をなすに当つては、その請求の趣旨を逸脱してすることができないのであるから、原判決の右の判示が実用新案法四一条の準用する特許法一五三条三項の解釈を誤つたものであることは明らかである。

すなわち本件訂正審判の請求は、その請求の趣旨にも明記されているとおり、「原明細書を請求書に添付の訂正明細書のとおりに訂正する」ことを求めていたのであつて、右請求の趣旨が、原明細書の全体を訂正明細書の全体に置き換えたいというにあることは、文理上も明らかであるが、「審判においては、請求人が申し立てない請求の趣旨については、審理することができない。」(実用新案法四一条の準用する特許法一五三条三項)のであり、また実用新案法には、審判官に対して、請求の趣旨に反しない程度、範囲内において訂正明細書に手を加え又は手を加えないで審決する権限を与えた規定はないか、審判官としては、たとえそれが請求の趣旨に反しない程度、範囲内においてではあつても、その請求の一部のみを認容し、その余を棄却する旨の審判をなす余地がなく、実用新案法三九条の訂正審判においては、請求の一部を認容し、一部を棄却する審判のなされることは同法の全く予期しないものといわなければならない。けだし実用新案法における訂正審判請求は、実質的には、一個の新規出願と同様、全体として一個の不可分な思想の表現をその内容とするものであるのみならず、このように考えて各個の訂正審判請求に対する審理判断を行うことが大量の事務を迅速かつ画一的に処理すべき行政の要求にも合致するものであるからである。

したがつて、本件訂正審判の請求に対しては、原判決も認めるように、訂正明細書中は、一個でも実質上原明細書の実用新案登録請求の範囲を変更する個所がある(原判決一九丁裏)以上、請求人が申し立てた請求の趣旨すなわち「原明細書を請求書に添付の訂正明細書のとおり訂正する」ことを許可することはできないのであつて、「本件審判の請求は成り立たない。」とするほかはないのである。

3 なお、原判決認定のように、請求人の訂正審判の請求に対して、その一部を理由ありとし、他を理由なしとされる場合には、請求人の訂正審判の請求それ自体は全体として理由がないとして成り立たないものとされた場合であつても、訂正審判の請求については、原判決の判示するとおり(原判決二〇丁表)、原則として時期的な制限がなく、いつでもこれをすることができるのであるから、何ら請求人において不都合、不利益を被ることはない。すなわち請求人としては、改めて、新らたな訂正審判の請求をし、その請求において、訂正の認容される個所のみを記載して訂正を求める旨の訂正明細書を添付することによりその目的を達することができるのである。

4 これを要するに、実用新案法は一個の考案を表現するための文書としての原明細書、訂正明細書の全体を一体不可分のものと観念しているのであるから、訂正審判の請求は、原明細書を訂正明細書に置き換えたいという一個の請求と解すべきものであり、複数個の事項に関して訂正を求める旨の記載がなされている場合においても、当該請求をもつて複数個の訂正請求の集まりであるとした上、右事項ごとに訂正の適否を判断した審決をすべきものではないのである。したがつて、複数個の訂正事項のうち一個でも不適法なものがある場合、すなわち訂正審判の請求書に添付の訂正明細書に不適法な箇所が一箇所でもある場合には、その訂正審判請求全体が成り立たないものといわなければならない。

六、以上のとおり、本件訂正審判請求については、仮に原判決の判示するように、六個所については訂正が認められるべきものであるとしても、本件審判請求全体が成り立たないのであるから、その旨の本件の審決は正当であり、請求人としては右の六個所についての訂正がなされることにより請求人の目的とするところが達成されるような場合であるならば、あらためてその旨の訂正審判の請求をすれば足りることなのである。したがつて、一個の訂正審判請求により複数個の事項の訂正を求めるものに対しては、原則として、事項ごとに訂正の適否を判断してこれに対応する趣旨の審決をすべきものとした原判決は、本件訂正審判請求における請求人の趣旨に一致せず、実用新案法の全く予期しないところというべく、結局同法及び同法四一条の準用する特許法一五三条三項の解釈を誤つたものであり、原判決はこの点において破棄を免れないと信ずる。

附帯上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同角源三の上告理由〈省略〉

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